大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)4209号 判決 1967年8月17日
原告 大沢弘一
右法定代理人親権者父 大沢吉平
同母 大沢信子
右訴訟代理人弁護士 田中章二
被告 北村一芳
主文
原告被告間の別紙目録記載の家屋についての賃貸借の賃料は昭和四一年六月一日以降一ヶ月金一万四四〇〇円であることを確認する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二五分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、原告被告間の別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)についての賃貸借の賃料は昭和四一年六月一日以降一ヶ月金一万五〇〇〇円であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求原因として、次のとおり述べた。
一、原告は、被告に対し、本件家屋を賃貸しているが、その賃料は昭和三三年五月一日以降一ヶ月金四四二五円であった。
二、その後約八年を経過したが、その間に固定資産税都市計画税の負担は増加し、土地建物の価格は高騰した。即ち、本件家屋の敷地は一三五・四七平方メートル(四〇坪九合八勺)であるが、大阪市の評価は、土地建物を併せ、昭和三三年度には金五五万三三〇〇円であったのが、昭和四一年度には金二〇三万八二〇〇円となっていて、これに伴い租税の負担は増加しているし、右評価額の増加は土地建物の価格そのものが高騰していることを示している。特に土地の価格については、昭和四一年のそれは昭和三三年のそれに比して約五倍ないし一〇倍の騰貴率を示している。
三、かくして従前の賃料は不相当となったので、原告は被告に対し、昭和四一年五月二三日付翌日到達の書面で右賃料を同年六月一日以降一ヶ月金一万五〇〇〇に増額する旨の意思表示をしたが、本件家屋の賃料は一ヶ月金一万五〇〇〇円をもって相当とするから、原告被告間の本件家屋についての賃貸借の賃料は、昭和四一年六月一日以降一ヶ月金一万五〇〇〇円となったものである。
四、ところが、被告は、原告に対し右の増額された賃料の支払をしないから、原告は、被告に対し本件家屋についての賃貸借の賃料額の確定を求める。
被告は、請求棄却の判決を求め、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一、請求原因二の事実は否認する。被告は、本件家屋を戦災から守り焼夷弾により大屋根から一階の敷居まで真二つに破壊されたのを修復し、台風により破壊された横手の塀を経費約一万七〇〇〇円を投じて修繕し、老朽その極に達した物干台を経費約三万八〇〇〇円を投じて改築したのに、原告は、これに対しては知らぬ顔をし、租税が高々二、三〇パーセント増加したのに便乗し、本件家屋を空屋のつもりで評価し三三八・九パーセント以上にもなる賃料増額をしようとするものであって、不当というほかはない。
二、請求原因四について。被告は原告に対し、本訴訴状を受取る以前に昭和四一年七、八月分及び同年九、一〇月分を二ヶ月分ずつ二回にわけて供託している。
証拠≪省略≫
理由
原告が被告に対し別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)を賃貸しており、その賃料が昭和三三年五月一日以降一ヶ月金四四二五円であったこと、原告が被告に対し昭和四一年五月二三日付翌日到達の書面で右賃料を同年六月一日以降一ヶ月金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは、いずれも被告において明らかに争わないので自白したものとみなされる。
而して、≪証拠省略≫によれば、本件家屋の敷地の固定資産評価額は昭和三三年度には一三万九三〇〇円であったものが昭和四一年度には一六六万六二〇〇円になったのに伴い、本件家屋の敷地の固定資産税及び都市計画税は著るしく増加していること、本件家屋の敷地の建付地価格も昭和三三年五月一日現在では五四万一八八〇円であったものが昭和四一年五月二四日現在では二八八万五五一一円に高騰していること、右地価高騰の理由は近年本件家屋附近の道路下水道等が完備して本件家屋及び敷地の利用価値が増大したためであること、昭和三八年頃に新規に賃貸借がなされたものではあるが本件家屋の一軒おいて南隣のほぼ同構造同床面積同敷地の家屋の賃料が一ヶ月金二万五〇〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、≪証拠省略≫によれば、本件家屋そのものの固定資産評価額が昭和三三年度には四一万四〇〇〇円であったのが昭和四一年度には三七万二〇〇〇円になったのに伴い本件家屋そのものの固定資産税及び都市計画税も若干減少していることが認められるとしても、また被告が終戦直後及び台風直後本件家屋を自己の費用で修改築したことが真実であるとしても、前記増額請求のなされた昭和四一年五月二四日現在においては、前記一ヶ月金四四二五円の賃料は、前記経済事情の変動によっても、比隣の賃料との比較においても、不相当になっていたものというべく、前記増額請求は、それがなされた当時それをなし得べき事由を具備していたものということができる。
そこで進んで前記増額請求により増額された賃料額について判断する。右金額の算定基準としては、(1)原賃料額に土地建物価格の上昇率を乗ずるスライド方式、(2)現在の土地建物価格に見合う利潤を貸主に与えようとする利回り算定方式、(3)当該建物と同一需給圏内にある同類型の建物についての賃料との比較においてこれを求めようとする賃料事例比較方式等が考えられるが、右(2)(3)の各方式が賃貸借当事者間の個別的主観的事情を考慮しないいわば客観的なあるべき賃料を算定しようとする方式であるのに対し、右(1)の方式は原賃料額が基礎となる点で賃貸借当事者間の個別的主観的事情をも考慮する方式であるといえる。借家法第七条が賃料決定後の経済事情の変動を賃料増額請求の事由としており、従って賃貸借当事者間の個別的主観的事情をも考慮すべきことを予定していることから考えると、右(1)の方式が本則となるべきものと考えられる。殊に≪証拠省略≫によれば、被告が終戦前から本件家屋に賃借居住し、前所有者の時代には本件家屋に自らの費用で修復を加えたこと、本件家屋の賃料は逐次改訂せられていたが、前回の賃料増額請求の際は紛争を生じ結局昭和三五年一月三〇日訴訟上の和解により右修復の点も折りこんで昭和三三年五月一日以降の賃料を前記のとおり一ヶ月金四四二五円と協定し、その代り被告は原告に対し爾後右修復費用を請求しないと約したことが認められる本件では、右(1)の方式によって相当賃料額を算定するのが正しいと思われる。ただ右(1)の方式による場合、一般的には土地価格の高騰には土地の需給関係からする先見性ないし投機的要素が含まれることが多いので、それとの関係が問題となり得るが、本件の場合はさきに認定したとおり本件家屋は終戦前から建っていたのであり、その敷地価格の高騰は本件家屋附近の道路下水道等が完備して本件家屋及び敷地の利用価値が増大したためであるから、土地の需給関係からする先見性ないし投機的要素は一応考慮の外に置いてもよいものと考える。そこで右(1)の方式に則って相当賃料額を算定してみるのに、およそ家賃額は純家賃額と地代相当額との合計額とみられるが、鑑定人田中淑夫の鑑定の結果によれば、本件家屋について前記(2)の方式にしたがって算出せられた家賃額のうち純家賃額と地代相当額との割合は約四八パーセントと約五二パーセントであることが認められ、更に右鑑定の結果によれば、本件建物の復成現価は昭和三三年五月一日現在一〇七万七五一八円であったものが昭和四一年五月二四日現在一四二万二六一八円と約一・三二倍になり、本件建物の敷地の建付地価格は昭和三三年五月一日現在五四万一八八〇円であったものが昭和四一年五月二四日現在二八八万五五一一円と約五・三二倍になったことが認められるので、本件家屋の原賃料一ヶ月金四四二五円を右認定の割合にしたがって純家賃額と地代相当額とに分け、このそれぞれに右認定の建物価格土地価格の上昇率を乗じてこれを合計すればおおよそ一ヶ月金一万五〇四五円となる。しかし、前記のとおり本件家屋そのものの固定資産評価額が昭和三三年度には四一万四〇〇〇円であったのが昭和四一年度には三七万二〇〇〇円になったのに伴い、本件家屋そのものの固定資産税及び都市計画税は、右固定資産評価額の一・六パーセントとして算出されるが故に一ヶ月六七二円減少していると考えられるから、これを前記一ヶ月金一万五〇四五円から控除すれば、おおよそ一ヶ月金一万四四〇〇円となる。この金額は、鑑定人田中淑夫の鑑定において前記(2)の方式にしたがって算出せられた本件家屋の相当賃料額一ヶ月金一万四四〇〇円ともほぼ相等しい。従って、本件家屋の相当賃料額は一ヶ月金一万四四〇〇円であるとみるのが相当である。以上の判断と異なる鑑定人田中淑夫の鑑定の結果は直ちに採用し難い。
そうすると、原告被告間の本件家屋についての賃貸借の賃料は、昭和四一年六月一日以降一ヶ月金一万四四〇〇円に増額されたこととなるわけであるが、被告がこれを争っていることは弁論の全趣旨から明らかであるから、原告が被告に対し右増額にかかる賃料額の確認を求める利益を有することはいうをまたない。被告は、昭和四一年七ないし一〇月分の賃料を供託しているというが、仮にそれが真実だとしても、右判断の何ら妨げとなるものではない。
よって、原告の本訴請求を右認定の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 露木靖郎)
<以下省略>